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2009年8月10日 (月)

道路の愛称決定

本日、6月に募集された道路の愛称が発表された。

※数字は上のリンク先に準ずる

①パピヨン通り

②吉塚通り

③みやけ通り

④若久通り

⑤原通り

⑥愛宕通り

⑦下山門通り

…もう、重要な地域をのせただけのように思える。

原住民としては、「原」が道路の愛称にのる、というのは嬉しいのだが。

バスの経由地表示にもこれからは表示されるのか?

例えば、1-4が「白十字病院経由」から「下山門通経由」になったり…とか?

今日から皆さん、この名前で呼びましょう!

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コメント

私は、県道558号について「原往還」と応募したのですが、「原通り」という結果に、予想したとおり何となくそのままの感じだなと思いました。いずれにせよ、愛称として親しみは持たないといけないのでしょうが。

バスの経由地として「原通り」が載るのは考えにくいと思います。西鉄としては今までどおり「原」(あるいは2番特快の字幕に一時期あった「原往還」)を使うのではないでしょうか。

原住民さん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
「原往還」とはそもそも何なのか、それすら良く分からないようですね。
そういう神秘的な名称こそ、取り入れるべきだと思ったんですが…

確かに、バスの経由地に「原通り」は載らなさそうすね。(西鉄バス式で行くと「原通」?)
「原」でも意味が通じるわけですから。
しかし、行政側が入れるよう要望を出すかも知れませんよね。

ちょっとした遊び心で11番や69-1に入れるのもいいかも知れません。
誤乗多発ですかね…

今後ともよろしくお願いします。

御返事、ありがとうございます。

「往還」は「街道」や「通り」を意味しますので、「原往還」は、「原街道」や「原通り」を意味します。

「原通り」は旧早良街道や旧三瀬街道の一部として行き来(往き還り)があったところでしょうから、「原往還」は、そのような行き来(往き還り)があったところに由来するのかもしれません。

原住民さん、こんばんは。
私の知識不足でした。
実際、原往還はバス停名にしか(おそらく)残っていませんから、それもまた不思議ですよね。
結局、すべての道路がほぼ1位のものばかり採用したようですが、1979年に公募した早良街道は1位だったのでしょうか?
そうだとしたら、私の応募した「三瀬街道」など、(不謹慎かもしれませんが)福岡市民の「貴重な名前を残そう」という思いが30年前に比べて薄れているのでしょうか。
いや、薄れているのは福岡市側でしょうか…

何回も書き込んで申し訳ないです。

原通り(旧早良街道、旧三瀬街道)の起点は早良口ですが、早良口は、明治通り(旧唐津街道)から佐賀への道路の起点として、古地図にも記載されています。
早良平尾から内野への道路が整備されるまでは、早良口から金武への道路と、脇山口から脇山への道路とは、分断されていました。
ですから、脇山口から野芥への道路の愛称を早良街道とするのは、個人的には、とても違和感があります。

西鉄がバスの表示で早良街道を用いないのは、(経由地を表示するのが利用客の便宜になるというのもあるでしょうが)そうした歴史的背景があるのかもしれません。

原住民さん、おはようございます。
毎度コメントもありがとうございます。

確かに、昔は早良街道は今の原通りだったようですね。
ですから、「旧早良街道」と呼ばれることもありますね。
ちなみに、都市地図などには今でも「三瀬街道」と書かれることもありますね。

私がたびたび取り上げる93番マリノア系統では、「早良街道からマリノアに行ける」と大々的に宣伝しています。(2009年4月29日の記事をご覧ください)
行き先表示に書かれているわけではないのですが、何か今さら感がありますよね。
早良街道ってどこ?となる人もいますから。

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